日本語の練習と思いながらテレビ演芸などを長く視聴した。半分ほどしか楽しめない。笑うところで笑えず家内に理解を求める。完全な日本人ではない。3時間の番組「プレバト俳句頂上戦」も視聴した。私には日本語勉強の超上級編である。「東大王」という東大神話のような世俗的な話はあっても学歴が主ではない。実力の競争ゲームである。東国原英夫氏が「結露」の句で「凍蠅や 生産性の われにあるや」という俳句には感嘆せざるを得ない。窓の結露に留まっている蠅、生産性という話題になった言葉、そこから自問をする発想と表現が凝縮した句である。我が部屋の結露が酷く悩む中、発想と表現の異変のような表現、その対比のように感じた。執筆に参考にしたい。何歳まで日本語、文章の書き方の勉強をするのか。シューベルトの未完成曲を思い出す。
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