2018年1月6日午前1時半に堀麗子氏が逝去された。湯玉の善念寺で今日10時から葬式が行われる。わが夫婦と倉光誠氏は昨日お通夜には遅れてしまったがお別れの挨拶ができた。弔問客はほぼ帰り、近いご親族がおられた。中には私も知っている方も多く、親族の一員のような雰囲気で焼香し麗子氏と対面した。私は私の植民地史の柱がなくなった気がした。彼女は巨文島で生まれ91才の直前に亡くなられた。植民地朝鮮と引揚の日本の生きた歴史をもって多くの資料を私に提供してくださり、一緒に旅行もした。私が彼女の存在を知ったのは1980年代巨文島でだった。その後1983年湯玉を訪ねた。そして弟さんの中村彰二氏らと縁が広がった。さらに長男の堀研氏、孫の堀まどか氏、ひ孫まで6代の家族史の付き合いの太い深い縁を感じた。その家族史を書きたい。心からご冥福をお祈りいたします。
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