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Channel: 崔吉城との対話
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母の日

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 今日が母の日である。すでに亡くして半世紀になってもいつも心に残っている人が母である。母は70歳すぎまで戦前と戦後を半分づつ生きていた。私は11番目の末息子として母の愛情の中で育った。母は無学、文盲であったが勤勉、正直、真面目であった。一瞬でも休んいることがなかったような印象の女性で知恵の持ち主であった。なによりやさしく人とのトラブルのない、温和な女性、私はその愛情の中で育ったといえる。しかし強いところがあった。私の教育には堅い信念を持っていた。田舎で暮らしていた私に小学校入学前にソウル見物させ、結局ソウルへ転校させてくれた。父が亡くなってから親族たちが私を呼び戻して農家を守るようにさせようとしたとき堅く断り私を勉学させた。今考えると当時田舎からソウルへの転学などは想像もつかないことであった。教育ママ一号のような存在であった。
 信念の強さとともに母はとても優しい女性であった。夫婦喧嘩は一度もなかった。食事は主に菜食であった。肉料理はスープであった。私の子供の時の好物はゴマ、ピーナツ、ノリ、飴、果物などであって、つねに用意してくれたことを思い出す。いま姉が私の誕生日に好物を持ってくる。私の嗜好はかなり変わっている。今家内が母の役割を代わってやってくれる。母の愛情は妻に伝わったのか。それは私の嗜好を通して伝わっているのであろう。母は偉大。千昌夫の母の味の歌が耳に響くような朝である。

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