今日は復活祭、私の愛妻の幸子の72才の誕生日である。私にとって彼女という意味では時々書いたが、家内にとって私はどんな存在であるのか考えている。暴力的な人間ではないが、私中心になって彼女が犠牲になったのではないかと思う時もある。従順、協力、譲る、家事、運転、仕事、原稿など全てが私に向かっている。結婚50余年変わることがない。彼女にとって私はどうであろうか、良い夫であろうか。私は決して良い人間とは言えない。彼女が私の犠牲になっているのではないかと反省している。私は失敗したことも多いが、家内との結婚は最高の選択であったと思う。
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