コロナ脅威で社会が委縮している。人口減少により、商店街はシャッターダウンが増して寂しくなった。私は田舎生まれ、そんな風景にも違和感がない。険しい時代を生きてきたからであろうか。田園風景、家内工業などの時代を回想する。田舎の鶏が市場の真ん中に立たされたようなソウルへの転校、さらに日本へ、世界へ、本当に劇変の人生である。
それはやり直すことができない。その人生を悲惨に考えるか幸運に考えるか、ドラマを書くというなら喜劇であり、悲劇にもなりそうである。中には良い子弟学縁関係もあった。
昨日が4.19、コラムにその時を思い出して一筆した。意外に良い反応を受けた。坂実雄牧師は非常に興味深く読み、貴重な証言だとコメントをしてくださった。1960年生まれの方やその時代の韓国をよく知らない人にとって良い資料であるとか、よい教訓だとか投稿してくださった方もいる。
私と同年配の山路勝彦先生と金田晉先生からはその時代の日本の状況が教えていただいた。60年代は日本でも大荒れでした。安保改定をめぐってデモが多発し政情が不安定でした。韓国の学生はすごいエネルギーがあると。「自由からの逃走」が日本でも評判がよかった。
金田晉先生は1960年を思い出させてくれた。韓国学生の4・19革命はぼくらを感動させた。そのエネルギーに応えようとした。その運動は6月15日へと及んで行く。東欧の民主化運動にも共鳴していた。国家権力のイデオロギーにならないマルクス主義を模索していた。懐かしい。
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社会が委縮している
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