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Channel: 崔吉城との対話
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記憶

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 8月15日が終戦記念日であることを18・19歳の日本人は知らないと報じられる。毎日が何々記念日であるから知らないのも驚くことではない。結婚記念日を覚えていないと叱れるのが夫であろうが、今年の8月6日が私共夫婦の結婚40周年記念日、私の出張などで、めったに一緒に過ごすことがなかったが、今年は二人で名古屋からの帰りの新幹線の中で一緒に弁当を食べた。ちょっと高級なアイスも食べた。家内は何も言わなかったが意識していたようだ。誰でも不幸な過去の記憶を失うことは良し悪しであるが、認知症は怖い。脳を働かせたいからいろいろ記憶するのかも知れない。韓国の留学生が日本の侵略史を教えてもらって反日になったのは当然あろうといった。個人にも辛い過去がある。それをただ記憶として持ち続けるのではなく、それを以て思考する、それが人生であろう。記憶をもって思考し、成熟する。

*写真上水流久彦氏ら編『境域の人類学』へ寄稿


「熱中正」の勉強会

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 夏休み、盆休みの中でも研究室で読書会は休まず行った。グァムに北朝鮮ミサイルの脅威、トランプ大統領の応対Fire and Furyの中で我々は平然と集まっていた。政治と学問、佐野真一氏の本から宮本常一氏の「絵引き」、拓本と版画の技術に関する映像鑑賞、そして着色絵葉書に関する本格的は共同研究に入った感がした。写真はドイツミュンヘンで1915年、版画式印刷の写真である。カーラー写真ではない。本当の色は不明である。「本色が分からない」。
 続いて林楽青氏の満州映画からみる日満語通訳の分析に関する発表があった。ノンバーバルとバーバル(nonverbal and verbal)、インフォーマルとフォーマル(informal and formal)のコミュニケーションの言語的文化的レベルと現場が分かる貴重な分析であった。言葉が通じない時にはジェスチャーを使うがそれも異なり不通になることもある。例えば日本人のお風呂の仕草は中国人には通じない。ジェスチャーは言語の一種であることは分かる。ジェスチャーランゲージ、ノンバーバルランゲージという言語の一種と言える。学位論文に接近していることを初めて直感した。熱中症ではなく、「熱中正」の勉強会であった。

「楽しい韓国文化論」6年目

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 「楽しい韓国文化論」は6年目、第6回が9月30日芥川賞作家柳美里氏による「文学と人生」の公開講座から始まる。2011年11月に東亜大学東アジア文化研究所が設立された時、始めたものである。先端の研究と知識を市民と共有する、そして日韓の友好の市民講座である。国家間の摩擦には関わらず下関と釜山から出発し、地域と地域による国際化やグローバル化を狙っている。下関市には弥生時代の文化の象徴的な土井が浜人類学ミュージアムがあり、副館長の吉留徹氏が稲作文化を語る。また下関市立歴史博物館の館長町田一仁館長から「朝鮮通信使と下関」、フリーライター真弓智恵子氏から「朝鮮通信使ワーク」が語られる。私は下関市湯玉などから朝鮮半島へ移住した人たちの話「韓国の日本村」を語る。定員は30人程度を予定にしている。私のFB、ブログ、ツイッターの読者の大部分は下関の方ですので、是非参加いただければと思っている。

母の教育

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 高級帽子に下駄を履いた不均衡な紳士姿で盆休み閉鎖中の大学の研究室に入り資料を持って、帰り道にお中元店に寄りお中元を贈り、また倉光氏の病院にも寄った。3人のお孫さんと娘さん夫婦が団らん、憩いの時間であった。今晩は関門海峡花火大会、天気はよさそうである。倉光氏から韓国語の拙著を日本語訳した原稿をいただいて検討することとなった。
 猛暑の夜の気温は下がり凌ぎ良い季節、仕事を急ぐような焦るような気持ちになる。自ら才能を検証してみると家庭的に恵まれたことが稀、身分や文化などの継承や世襲的なものも全くない。ただ母の教育には感謝する。わたしに「好きなことを自由にするように」放任したような教育、躾であったこと。それが最先端の教育哲学ではなかったかと感心するところである。

美の、感動の競演

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仏教的お盆の初めはキリスト教会の礼拝から始まった。日本の敗戦と韓国の解放を記念する説教であった。最近韓国で信徒数が急減する現状をもって教会が使命を尽くしていないからだと反省すべきであると語った。この教会は無牧の教会になって1年過ぎたがむしろ信徒たちの誠意で教会が立ち直っている。韓国も初期キリスト教へ戻って甦るチャンスとなるべき時期であろうと思った。キリスト教の生贄をもって南米でジェノサイド、日本帝国の組合教会の植民地協力、多くの教派が天皇制軍国化を認めた歴史をもっている。より深みのある説教が必要である。
 夏の風物詩のクライマックスは関門海峡花火大会である。ベランダを整理してにコザを敷いて3人の客を迎えた。女性の前田よしみ氏の歓声が上がり雰囲気が高調した。関門の花火はコラボレーションという点もあるが門司側は大玉の連発、下関側が追い上げるように感じた。試合のような競演として見ている。1万5千発という圧倒する数もわぁわぁーと言ってるうちに終わった。ソウルから来られたキンカンス氏が撮った映像をテレビで鑑賞した。戦火ではない花火で競うことは美的センスの勝負である。花火は美の、感動の競演であった。

8.15記念日

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 今日は8.15記念日である。このような名付けをすることは簡単ではない。降伏、光復、解放、終戦、敗戦など多様であるからである。世界的に大変な転換期を象徴する記念日である。ウィルソン大統領の言葉の通り、戦争と植民地から民族独立の時代に向かうように変化してきた。解放され「民族独立」は嬉しかったが結果は必ずしもそうではなかった。植民地に替わり独裁政権の存在はより残酷なことである。今平壌では聖戦を賛美する群衆の行列が行われている。開戦の秒読みともいわれる。ただの反米示威かも知れないが、独裁体制下で国民は奴隷化されている。

「逆ひまわり」「逆未来志向」

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 映画「ひまわり」のストーリーはうろ覚えだがソフィアローレンが歩くひまわり畑の映像ははっきり覚えている。その感動を覚えている。昨日「花の海」でその感動を味わった。しかし太陽に向かうという花は全部夕日に東方向に向いていて逆ひまわりであった。鑑賞用の足台も東に設けられている。逆光であり観難い、写真を撮り難い。成熟期に入った若いひまわりは東を向いて咲いているということをはじめて知った。私の長い人生の中で花の観察力が足りないと思った。
 ひまわり文化圏があると言える。油のために栽培している。中国人やロシア人たちがひまわりの種を口に入れて皮を巧みに出しながら食べる。ひまわりは太陽に向って咲くことから命名されたと思っていたけれども逆もある。北朝鮮の「太陽節」はどうだろう。太陽に向かっているのだろうか。日韓においても未来に向けて「未来志向」と叫びながら逆行しているのが常である。

「幼稚なトランプ米大統領」の勝ち

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 韓国が慰安婦問題合意を蒸し返すような言動をする。バス内に設置された慰安婦像に触っているソウル市長朴氏の映像をみながら政治家になるためには、あるいはそのような質の人であるから政治家になるのか分からない。トランプ大統領をそのように見る人も多いだろう。時事通信は「幼稚なトランプ米大統領」が幼稚な金委員長を褒め殺したと紹介した。トランプ大統領の交渉と話術が成功したこととなった。
 日本のTVは連日放談的に語った。38度線は存在しない。休戦線か南北境界線が正しい。頻繁に登場する人の一人が辺真一氏である。彼は私のFB友でもある。彼は在日の方であるが客観性を保っている。他の韓国や中国系の人たちは中立性に欠き、信憑性が薄い。ここで自分に戻って思う。今の私にどんな人になりたいかとは愚問であるが、何に「なれなくてよかったか」の質問にはそれは政治家である。

 


公開講座

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 盆休みは長い。今日から開鍵される。研究室の花に水をやったり、研究資料を探すなどの日常が始まる。9月からワンアジア財団の支援公開講座「アジア共同体論」と「楽し韓国文化論」の二講座が始まる。前者は第2回目、テーマは「アジアの民族と国家」である。アジアの広さと多様性の困難さに集中し、特に日本の東アジアへの植民地、日本の侵略、そして世界大戦に至る悲劇的な歴史を持っていることを勘案して戦前と戦後のアジアを考えてみたい。その趣旨に沿って植民地や戦争の研究者を招いて行うことになった。講義時間は学部1年生共通科目に設定して、月曜日の3時限目の12時50分から14時20分までとなっている。一般市民には不便かも知れないが、参加を歓迎する。財団からの奨学金も授与される。

Grayson氏から電話

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 ヴェランダの棗は豊作、お祝いにいただいた蘭たちが元気に育つ。研究室の観音竹などの鉢にも水をやった。外より建物の中が暑い。秋を感ずる。イギリスの友人Emeritus Professor James H. Grayson氏から電話がかかってきた。韓国の名前は金正玄김정현、彼はアメリカ人でEdinburgh大学で宗教学博士、牧師である。奥さんはイギリス人。夫妻は長く韓国で宣教師、教授として暮らし、韓国語や英語の著書がある世界的に著名な方である。私とは啓明大学の同僚であり、教会の教友でもあった。以来私たちはイギリスと日本を往来しながら研究協力や親交を深めてきた。彼はシェフィールド大学を定年、牧師として勤めているという。先日名古屋で会ったシェフィールド大学のHook氏とは同じ学科であったという。私が以前、シェフィールド大学で集中講義をした時参加した人であるといった。楽しい話は韓国語、10余分の国際電話は長くは感じなかった。 James H. Grayson's research interests lie in two main areas, the diffusion of religion across cultural boundaries, and an analysis of the religious and intellectual conceptual framework of the Korean and East Asian peoples. His research is broadly anthropological in approach with an interest in both the ancient and recent periods of Korean history. He has done fieldwork in Korea, Japan and Okinawa. Myths and Legends from Korea: An Annotated Compendium of Ancient and Modern Materials (Curzon Press, 2000),  

 

「シーボルトと下関展」

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 下関歴史博物館で「シーボルトと下関展」を観覧した。町田館長や古城副館長らも丁寧に迎えてくれた。1800年代にオランダの医師として来られ、日本の医学に貢献したことが解る。彼は長崎丸山遊郭の遊女のお滝を現地妻とした。遊女、売春婦、慰安婦など、人権問題になっていることを考える。韓国の米軍の慰安婦が米兵と結婚してアメリカへ、貞操を失った「汚された女」が日本へと流れてきた。それは今流行りの国際化であった。朝鮮通信使行列が行われる市内を車で走ったが市民の関心はゼロ、韓国側の一方的な行事に過ぎない。下関市民の関心はあまりない。下関は高温注意報の中、日陰で眺めていると演壇には正装して挨拶をする人達がいた。中に二人の知り合い、一人は韓国側代表の釜山市文化財団の委員長の柳鐘穆氏、もう一人は釜慶大学校の元総長の姜南周氏、嬉しい再会だった。

 

釜山 下関ふれあいステージ

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 毎日ブログ、フェースブック、ツイッターに投稿している。ツイッターには返信することができない。一方的に自分の意見を広く知らせるために利用する。これらのネットに投稿することを拒む人もいる。情報が多く入るので処理するのに時間がかかるのが嫌だと言う人も多い。私は必ずしもそうは思わない。私の意見に数人はほぼ否定的な意見の投稿をする人がいる。それにも反論や反応する。肯定的に考えるとネットによって広く多く友ができた。ツイッターにはトランプ大統領、ペンス副大統領、アメリカ元国務長官ヒラリークリントン氏などから、他のメディアを通らず、直接に発信されたものに接する。昨日は中国の習近平氏の友申請が来た。おそらくこれは偽造のものではないかと思う。時には直接市民とまじわりあうことも多い。また日韓にも友人が多いが、時々否定的な関係の人もいる。昨日は礼拝の後、調査に来ている中村八重氏、教友のキムクァンス氏そして家内とともに釜山、下関のふれあいステージをを楽しんだ。多くの知人にも会った。

研究とは思考の戦い

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 イギリスの友人Dr.Grayson氏の英語論文にコメントを送って、お礼のメールと写真が添付されている。최길성 교수님! 이멜로 연락할 수 있으니까 얼마 좋습니까 ?벌써 77세 되쎴습니까??  참 세월이 빨라요!  80세 되실때는 꼭 축사를 하겠습니다!!  (メールで連絡ができること嬉しいです。もう77才になっていますか。80才にはぜひ祝辞を言わせていただきます)というハングルメールである。続いて彼の古稀記念写真説明が長い。
左端からグレーソン氏夫婦と次男家族がLeeds-Liverpool  Canalで撮った写真である。
 今準備中の私の論文も掲載される著書の編集作業をしておられる植野、鈴木の両氏の誠意ある細かい校正とコメントをいただいて本当に感謝して対応している。話から文へ、思考の最高の凝縮の作業である。秋葉隆について核心的な理論に挑む論文にしたい。周辺的、人物論的な司書伝記的な研究ではない。その点を評価してコメントをして下さったことに勇気づけられている。研究とは思考の戦いである。
 

高校野球

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 高温注意報の中、定期受診は異常なし、先生から私の最新著にコメントをいただいた。戦争の写真説明は理解し難いと言いながら柳美里の本は読んだのでと関心を見せてくださり、広告チラシを病院の掲示板に貼ってくださった。
 介護用品店のひまわりによったら新製品「フレーヌケア」を説明してくれた。高齢者の排泄介護のオムツのこと、私も遠い話ではないので聞いた。500cc吸収されても濡れた感覚はほぼない理想的なものであるという。しかし良い商品であっても販売には良い人脈が必要であると感じた。
 私は高校野球が気になっていた。選手の姿を観衆の一人のように見ながら、一瞬で激変する緊張感、実力が見いだされるが、偶然か奇跡のような劇的な転換、正確な審判、紳士的な礼儀、投げ、打ち、受け、走り、伝令、相談、応援、歓声と泣き崩れなど総合的な社会を表すスポーツ文化であると感じた。

紀伊國屋書店が広告チラシ

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 日韓そして東アジアに向けて出版を進めて来た本『絵葉書から見る近代朝鮮』(그림엽서로 보는 근대조선)の日本での販売が始まった。大手書店の紀伊國屋書店が広告チラシを送ってきた。長い年月をかけて日本語、韓国語の解説、写真には日本語、韓国語、英語でキャプションを記した。今読書会ではその絵葉書の分析の最中である。その始まりは「絵はがき」とは何かからである。

 그림엽서를 통해 근대의 조선을 살펴볼 수 있다. 엽서 속에 담긴 근대 조선의 모습을 통해 당시의 생활 환경과 문화, 풍속은 물론 각 지역의 모습까지도 확인이 가능하다.

목차

1 기념엽서 등
2 명소엽서 경성 1
3 명소엽서 경성 2 경기 충청 강원 지역
4 명소엽서 평안 황해 평안 함경도 지역
5 명소엽서 부산 경상 전라도 지역
6 풍속엽서
7 수학여행 기타엽서

[인터넷 교보문고 제공]

ライフストーリー

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 夏休み中のキャンパスにおいて読書会は例外なく続けた。韓国国立済州大学のChul-In Yoo教授が書いた論文の米兵と結婚した女性のライフストーリーに関するものをテーマにした。彼はライフストーリーを証言として見ず、自分の人生の再解釈か合理化であり、そのまま事実を語ることにはそれほど焦点を当てていない。それは私も大いに賛成するところである。韓国の女性が貞操を失い、売春婦になり弟の学費のために献身、彼女の犠牲のストーリーである。しかし、彼女には最悪の状況から脱出し、豊かなアメリカへという脱出路があった。逆境をどう乗り越えていくかは大なり小なり誰でも経験することであろう。それを如何にポジティブに考え、行動するかが重要であろう。

高校生が大学を訪問

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 韓国からの高校生が大学を訪問するという連絡、急遽私が挨拶をした。しばしば行うことで形式的なことばをいわず長い人生、日韓関係の間でこの世は変化が激しく、政治や国家間には倫理も正義もないように思われることもあり、個人がしっかりすべきであること、自分の留学を通して人生観が変わった事、若い時に人生を楽しむ準備をするように話した。例えば英語、日本語、音楽などの基礎を作っておけば長生きと共に楽しい人生を送れる。若い時の準備期間にしっかり考えて自分を生かせるようにしてくださいと講演のような内容を船で揺れて来た42名に短く話した。続いて魏、礒永、麻生の准教授により大学紹介と授業を行った。昼食にも呼ばれて一緒に食べた。高温注意報の中、大変ご苦労と思ったら夜から雷、今朝は涼しくなり一行の良い旅路になりそうである。

読まれるように多少工夫

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 昔会った、ある人の名前を探すために最近20年間の日記を見通した。私の生活パターンが見えてきた。大学と教会の話が多く、平凡な人生である。最近は本欄ブログをはじめフェイスブック、ツイッターなどに投稿している。「友」の投稿文が多く、ネットからの新聞よりも早い情報通信を楽しんでいる。Facebookの友とも楽しい文通ができればと思っている。多くの方の文や写真は食べ物、孫の話などが多く、さーっと流している。ネットでは私事を簡単に投稿できるが、公的なものであるということを考えてほしい。一度投稿したものは消してもどこかに残る。公的なものでもあるということを心にとめて楽しい媒体という意識を持つべきであろう。
 また投稿する以上読まれるように多少工夫すべきである。「天声人語」のような文を参考にしても良い。それに似ているコラムが各新聞にも載っている。多くのコラムを読むと文の初頭に珍しい、異様な古典、聖句、詩句などを持って現実を語る文体になっている。それは初頭としては相応しくない。難しいものではなく簡単に読みやすい部分から入るようにしたほうがよいと思う。

バベルの塔

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 昨日教会には礼拝時間20分も前に、前日家内らがきれいに洗濯したクッションに座った。聖書を開いたら2005年4月24日朱牧師がわが家を訪問した時、聖句を持って語った箇所が目に入った。彼はなぜユダの裏切りの聖句を持って家庭礼拝をしたのか疑問であった。死刑されたイエスを信仰するキリスト教とは言っても相応しくないと思った。昨日の説教レジメを見ると「光復節」であり、聖句はダニエル書1章である。今のイラク南部の地域で、バベルの塔を建てたところ、バビロンにイスラエルが征服された時の話である。どう説明するか気になった。ネット上にはこのテーマに似た説教文が載っていた。朴米雄牧師は韓国が日本に植民地化されたことに当てはめた。面白い。つまり創氏改名政策などがあっても名前と在日のアイデンティティを主張した。さらに私が注目すべきところがあった。それは被植民地者であったダニエルがバビロンの王の宮殿で役人となったことである。イスラエル民族の裏切り者ではないのか。私の研究テーマになっていく。*写真は下関港で韓国入試所長夫婦らと一緒に。

 

「世相に学ばない」

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 ソウルから来られた平井敏晴氏に研究所を案内し、昼食を一緒にした。彼が今の職、漢陽女子大学助教授に就く前にも寄ってくれて以来初めであった。彼は調査旅行などをしながら比較文化学者として活躍している。ウィーン大学で出会った韓国人の女性と結婚して韓国に住むようになっている。今新著を準備している。韓国と台湾に関することだという。話は自然に「反日と親日」の対照の話になってしまった。反日の韓国に住む日本人の困難さと面白さで描いてほしく、私は頷き、フィードバックをした。彼は就職以前と今安定した助教授の職についている時とそれほど変わっていない。多くの人を見て来た私の経験から考えた。安定した職を得てから人は変わること。大学では純粋、真面目、研究熱心であった人が職を得て安住すると世俗化され、常識な社交人になっていく人が多い。彼はそうではない。人によっては逆に職にいた時、高慢な人が職を失った時、人間性をとり戻す現象がある。昔私がある教会で「世相に学ばない」と説教したことを思い出した。

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