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徐淑子:「植民地遺産」

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 昨日の読書会では、礒永和貴氏が今までを振り返って話をした。最初東アジア文化研究所が設立され、植民地時代の朝鮮総督府の機関月刊雑誌『朝鮮』を読み始めてから多くの本を読み、多数の著書や論文を彼とともに読んできた。科研を得て、巨文島調査旅行なども実施した。海苔の研究、慰安所日記を倉光氏が翻訳し、参加者とともに読むことから始まった拙著『慰安婦の真実』の産室もこの読書会であったとことを思い起した。
 私は1960年代にソウル大学で李杜鉉先生の読書会に参加し始め、留学してから成城大学院、韓国に帰国してから啓明大学校、広島大学、東亜大学に至る今日まで読書会は常に続けていた。留学、博士、研究者も多く出た。新年度から新しく著名な研究者を迎え、続ける。近くに居住し、関心がある方は声を掛けてください。

 

最初に<書評>
徐淑子:「植民地遺産」をどのように受け止め解消していくか

崔吉城著『帝国日本の植民地を歩く』花乱社、2019

 日本と韓国の両国で多数の著作がある文化人類学の第一人者による書物である。副題は「文化人類学者の旅ノート」となっている。著者によるフィールドワークに基づいてはいるものの、この本自体は学術書ではないという構えである。しかし、旅行記として読める部分の間あいだに、植民地支配と近代化、植民地からの独立・解放と民族主義・愛国主義、暴力と破壊、文化表象、歴史の記憶などの問題についての、著者の長年の研究成果を踏まえた論考が挟まれている。つまり、本書は、植民地遺構(主として戦前の日本領)を巡るダークツーリズム・エッセイにとどまらない内容を持っている。
 特筆すべきは、その構成である。研究者として、生活者として、日韓関係の変化にじっくりと向き合ってきた著者は、本書でもまず、韓国における反日感情の問題から筆を起こす。そして、アジアには反日文化圏と親日文化圏が存在するとして、中国・南京大虐殺記念館の展示を大陸中国における反日文化の一例として触れながら、次いで、台湾やシンガポール、パラオなどいわゆる旧「南洋」社会における、日本や日本人に対する肯定的な態度について、考察をめぐらせる。
 「植民地残滓」を経済的にも活用可能な「植民地遺産」として肯定するのは、日本の支配下にあった旧「南洋」だけでなく、欧米が宗主国となっていた旧植民地などにもしばしば見られる。著者の旧植民地をたどる長い旅は南回りにアジアを離れ、アパルトヘイトという深い傷を負った南アフリカ共和国にまでおよぶ。南ア社会に旧宗主国イギリスが残した影響を、近代化プロセスと関連させながら考察する。
 その後、旅の目的地は、本の構成上は南アフリカから北上し(時系列的には、著者のフィールドワークと一致していない)、同じくイギリスによる支配を長年受けてきたアイルランドに向かう。よく知られているとおり、アイルランドでは今でも英国への反発が強い。それに重ね合わせて、著者は、東アジア植民地支配の特徴とされる「近接性と近似性」について検討する。「似ている」「近い」という感覚は、他者認識の弱さとなり、同化政策が強く発想されることにつながる。
 著者の旅の最後は、スペイン、日本、アメリカの植民地支配を経験したフィリピンである。独立運動の父と呼ばれるホセ・リサールの足跡を追いながら、締めくくりで、民族的な英雄に悲劇の構造を重ねて神格化する現象と、愛国主義の限界などを指摘する。本書の第1章では、朝鮮半島の愛国者(金日成や安重根)や、中国の愛国志士の物語化について触れており、本書の終章で、長い旅の始まりに戻っていくという構図が見える。
 本書は、著者が、自分の生まれた国である韓国社会における反日感情を、文化人類学の立場から批判的に検討するという動機によって書き始められている。しかし、本書はいわゆる親日・嫌韓を煽る書物ではなく、日本の読者にとっては耳を塞ぎたいこと、罪悪感を感じたり、逆に反発したくなるようなことがらも、率直に記されている。著者は、東アジアの反日感情に非合理的な側面を認めるが、そのことと引き換えに、日本の植民地支配による被害や非人道性を帳消しにしはしないのである。むしろ、直接的な植民地経験をもたない現代の日韓市民が、反日か親日か、嫌韓か親韓か、善か悪かという単純な二元論に判断を委ねてしまうのは、どのような意識構造に由来するのか見定めることを静かに主張している。本書による長い「旅」の後には、東アジアに限らず、世界の旧宗主国・旧植民地が、それぞれ「負の植民地遺産」をどのように受け止め解消していくかという課題を負っていることが理解できる。日韓関係の困難な時代であるからこそ、読者に薦めたい書である。(了)


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